最高裁判所大法廷 昭和27年(さ)1号 判決 1953年12月16日
主文
本件非常上告を棄却する。
理由
検事総長の非常上告理由について。
一件記録によれば、被告人高橋義男、同上田好道の両名が相被告人山口文雄、同高橋一彦外三名と共同して暴力行為等処罰に関する法律第一条違反行為をしたものとして、昭和二三年一二月三〇日福島地方裁判所平支部に起訴されたところ、同二四年四月五日同裁判所は、起訴に係る右所為は、被害者に対する強姦罪の構成要素でこれと不可分の関係にあって、しかも、強姦罪については、告訴が取下げられたから暴力行為についても公訴権が消滅したとの理由で公訴棄却の判決を言渡したこと、検察官が右判決に対し控訴の申立を為し、仙台高等裁判所は、右の公訴事実を認定して被告人等の所為を暴力行為等処罰に関する法律に違反するものとして所論の有罪判決を為し、被告人両名に対する該判決がそれぞれ確定するに至ったこと、並びに、昭和二七年七月一一日当裁判所第二小法廷は、右仙台高等裁判所の判決に対し上告を申立てた相被告人山口文雄、同高橋一彦の両名に対し、前記平支部の判決と同様の理由を以て原判決を破棄し右両名に対する公訴を棄却する旨の判決をしたことは、いずれも、所論のとおりである。
しかし、暴力行為等処罰に関する法律第一条の違反行為は、同条所定の構成要件を充足するによって成立する非親告罪であって、その内容が数人共同して暴行をした場合でも必ずしも刑法一七七条前段の強姦罪の構成要素ではなく、まして、これと不可分の一体を為すものではない。従って、検察官が、同法律第一条違反の公訴事実のみを、何等姦淫の点に触れずに、同条違反の罪として起訴した以上、裁判所は、その公訴事実の範囲を逸脱して、職権で親告罪である強姦罪の被害者が姦淫された点にまで審理を為し、その暴力行為は、起訴されていない該強姦罪の一構成要素であると認定し、しかも、当該強姦罪については告訴がないか又は告訴が取消されたとの理由をも明示して、公訴を棄却する旨の判決を為し、これを公表するがごときこと(そして、かくのごときは、却って被害者の名誉を毀損し、強姦罪を親告罪とした趣旨を没却すること勿論である。)の許されないこというまでもない。
果して然らば、被告人両名に対する原確定判決の審判は、前記当裁判所第二小法廷の判決とは相反するが、何等法令に違反した点が認められないから、本件非常上告は、その理由がないものといわなければならない。
よって、旧刑訴五一九条に従い、主文のとおり判決する。
この裁判は裁判官斎藤悠輔並びに裁判官藤田八郎の各補足意見及び裁判官田中耕太郎、同霜山精一、同栗山茂、同小谷勝重、同谷村唯一郎、同本村善太郎の反対意見を除く裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官斎藤悠輔の補足意見は、次のとおりである。
反対意見は、附加理由として、「本件の如き輪姦事件の場合、その犯罪構成要素の一部である暴行行為のみを抽出して、之を暴力行為等処罰に関する法律違反として起訴しその有罪判決確定後は、強姦罪の適法な告訴がなされても、もはや同罪をもって起訴し及び審判することができなくなる不合理な結果を招来する」旨主張する。しかし、本件は、暴力行為等処罰に関する法律違反事件であって、輪姦事件ではない。これを輪姦事件と見るのは、起訴の範囲を逸脱し、強姦罪を親告罪とした趣旨に反して、いわれなく被害者の名誉を毀損するものである。また、論旨のいわゆる不合理な結果を招来するのは、親告罪である強姦罪においてのみ特有な問題ではなく、非親告罪である一罪の一部について、(例えば、強盗を暴行又は窃盗とし、殺人未遂を傷害とするがごとく)確定判決を受けたような場合は、常に同一の不合理な結果を生ずるのである。これは、わが国の立法者が憲法三九条所定の二重処罰禁止の規定を誤解して被告人のため不利益な再審を全面的に認めなかったためであって、旧刑訴四八六条二号は、かかる不合理な結果を生じないように規定してあったのである。(なお、被告人の不利益のための再審手続規定並びに刑法五八条を廃止したのは、全く条理に背く明白な誤解であり、極めて顕著な「行過ぎ」の一例であることについては、私の意見判例集四巻九号一八〇九頁一八一〇頁参照。)されば、かかる附加理由は、反対説の根拠となり得ないばかりでなく、むしろ、一定の条件の下に被告人の不利益のための再審を認める必要を痛感せしめる一理由に過ぎないものというべきである。
裁判官藤田八郎の補足意見は次のとおりである。
本件起訴にかかる被告人等の所為が暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項に該当することは明らかであって、ただ記録にあらわれた証拠からすれば右暴力行為は、一面において、強姦の手段として為されたものであることがうかがわれるのである。かかる場合に強姦について告訴がないからといって、右起訴はその訴追要件を欠くが故に不適法として公訴棄却の判決をすべきものでないことは、昭和二六年(れ)第一七三二号同二七年七月一一日言渡当裁判所第二小法廷判決中、私が少数意見として記したとおりであるから、これを本件の補足意見として引用する。
裁判官田中耕太郎、同霜山精一、同栗山茂、同小谷勝重、同谷村唯一郎、同本村善太郎の反対意見は次のとおりである。
われわれは昭和二六年(れ)第一七三二号、同二七年七月一一日第二小法廷判決(判例集六巻七号刑事八九六頁以下)理由と同一理由により、多数意見に反対するものである。よって、右第二小法廷の判決理由をここに引用する。
なお、右の外、次の理由をも附加する。即ち強姦罪は暴行又は脅迫と姦淫とが合一して構成される単一の犯罪であり、暴行脅迫罪の外に姦淫の罪が成立するものではない。
しからば、本件の如き輪姦事件の場合、その犯罪構成要素の一部である暴行行為のみを抽出して、之を暴力行為等処罰に関する法律違反として起訴しその有罪判決確定後は、強姦罪の適法な告訴がなされても、もはや同罪をもって起訴し及び審判することができないこととなり、その結果は謂われなく強姦罪としての刑責(暴力行為等処罰に関する法律第一条の法定刑は三年以下の懲役刑又は罰金刑であるが、強姦罪の法定刑は二年以上十五年までの懲役刑である)を免れるという不合理な結果を招来するに至るものである。以上の各点より考えても、強姦罪の場合、その手段行為となった暴行(即ち強姦罪の構成要素となった暴行)に関する公訴が提起された場合、裁判所は審理の結果それが強姦罪の手段行為である暴行と認めるときは、強姦罪全般としての審判権があること、したがってそれには適法な告訴のあることが訴訟条件となることの理の一つを知り得べきである。
果して然らば、被告人高橋義男、同上田好道の強姦罪については公訴提起前すでに適法に告訴が取消されていたのにかかわらず、その強姦罪の構成要素の一部である暴行行為について、右被告人両名に対し、暴力行為等処罰に関する法律違反罪なりとして公訴が提起された本件について、右両被告人に対し同罪ありとして有罪の言渡をした仙台高等裁判所の確定判決は法令の解釈を誤ったもので、その審判法令に違反するものである。従って、本件非常上告は理由がある。そして右原判決は被告人等に不利益であるから刑訴施行法二条旧刑訴五二〇条一号に従い原判決を破棄し、旧刑訴三六四条六号により被告人両名に対し公訴棄却の判決を言渡すべきものである。
(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)